連載 No.43 2016年11月20日掲載

 

写真の世界 広がり実感


美術画廊が密集する東京銀座は、ニコンやキヤノンなどのカメラメーカーが主催する写真ギャラリーも多い。

そのほとんどは1、2週間の短いサイクルで次々と展示が行われ、年間に何人もの作家や団体が作品を発表している。



1980年代、写真の販売を目的として企画する、いわゆるコマーシャルギャラリーは少なかった。

だから有名カメラメーカーのギャラリーは写真家への登竜門でもあった。

私もあるメーカーのギャラリーで個展を開いたのだが、いろんな人がやってきた。

中には当時有名な写真家もいて、長時間持論を展開され困ったことがある。

当時の写真界は、さまざまなジャンルを同じ土俵で評価するのが当たり前だった。

審査を経て選ばれた作品であっても、どこか、展示させてもらっているという肩身の狭い思いをしたことは事実だ。



私のように作品の販売を目的にする作家は、1カ月も満たない展示期間では物足りない。

だから販売に対して消極的なギャラリーとは無縁だと思っていた。

ところが先日、某カメラメーカーのギャラリーから作品展示の依頼が来た。

指定された作品は、30年前に銀座で始めて個展を開いたときに発表したものであったので、不思議なつながりを感じた。

数点展示されている中で、この連載の40回目の作品がウェブやダイレクトメールなどのメーンイメージに使われた。



その写真展は先月下旬から始まり、7人歩の作家の作品が30点ほど展示されている。

ほとんどの作品が販売されるというのも珍しい。

仕事の合間を縫って出向き、購入を検討する来場者に額の種類やプリント方法、作品の説明などをしている。

30年前と違い、かつてのように偏った意見を聞くことはなくなった。

ゆっくりではあるが、日本人の写真に対する感覚が変わってきたのだろう。

受け止める側の感性に問題はないのだが、作家や評価する側が古い感覚を引きずっていたのだと思う。

以前は評価されなかった物がひとつのジャンルとして受け入れられたことは素直にうれしい。



限られた世界観で優劣を問うことは難しい。

音楽ならばロックやジャズ、あるいはクラシック、歌謡曲もあれば民謡もある。

写真にもたくさんのジャンルがある。芸術として認められることで、多様性が広がってきたことを実感している。